死に至る病、そして

希死念慮を柔らかな布で磨く日々 Twitter:@tmion_

今日は17/09/20

絵とか詩とか、もう少し自信を持ってある意味で雑に公開してもいいのかもしれない。

徒然草 第百五十段 現代語訳

 これから芸を身につけようとする人が、「下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好良い」などと、よく勘違いしがちだ。こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。

 まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって、バカにされたり笑い者になっても苦にすることなく、平常心で頑張っていれば才能や素質などいらない。芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、時を経て、上手いのか知らないが要領だけよく、訓練をナメている者を超えて達人になるだろう。人間性も向上し、努力が報われ、無双のマイスターの称号が与えられるまでに至るわけだ。

 人間国宝も、最初は下手クソだとなじられ、ボロクソなまでに屈辱を味わった。しかし、その人が芸の教えを正しく学び、尊重し、自分勝手にならなかったからこそ、重要無形文化財として称えられ、万人の師匠となった。どんな世界も同じである。

原文

 能のうをつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知しられじ。うちうちよく習ひ得えて、さし出いでたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ならひ得うることなし。

 未いまだ堅固けんごかたほなるより、上手の中なかに交まじりて、毀そしり笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜たしなむ人、天性てんせい、そ骨こつなけれども、道になづまず、濫りにせずして、年を送れば、堪能かんのうの嗜たしなまざるよりは、終つひに上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双ならびなき名を得うる事なり。

 天下てんがのものの上手といへども、始めは、不堪ふかんの聞えもあり、無下の瑕瑾かきんもありき。されども、その人、道の掟おきて正ただしく、これを重くして、放埒はうらつせざれば、世の博士はかせにて、万人ばんにんの師となる事、諸道変かはるべからず。

兼好法師の金言ですね。頑張りたい。


「感性」という言葉について考えている。まとまったらまた書くかもしれない。